サッカー日本代表・旗手怜央選手は、圧倒的なパワーとテクニックで海外でも注目されています。
現在は、スコットランドのセルティックで活躍中で、10月24日には公式戦通算100試合出場を達成。
チームからもファンからも大きな支持を得ています。
そんな旗手怜央選手をインターネットで検索すると、
キーワードに「ハーフ」「父親」が一緒にあるのをよく目にします。
そこで今回は、旗手怜央選手は本当にハーフなのか?
そして気になる父親のこと、家族について調査してみました。
旗手怜央の父親は野球選手?
PL学園の野球部でショートのレギュラーを務め、甲子園で春夏の連続準優勝に貢献しています。
日本プロ野球の経験はないそうですが、高校野球のファンや社会人野球のファンであれば知っている人も多いはず。
PL学園と言えば数々の名選手を生み出してきましたが、旗手浩二さんはその中でも際立つ存在だったそうです。
それだけ有名な野球選手ともなれば自分の子供にも野球を教えて、一緒に練習したりすることに憧れる父親も多いのではないでしょうか?
しかし、旗手怜央選手は友達の影響でサッカーに打ち込んでいきました。
父親は「頑張れよ」と応援してくれていたそうです。
自分が親から「野球、野球」と言われていたそうなので子供にはそうしたくなかったと言う浩二さん。
旗手怜央選手の父親は、子供のやりたいことを優先して応援してくれる優しさもあり、
野球選手の経歴もあり、自慢の父親ですね。
そんな旗手怜央選手ですが、父親が有名な野球選手だったということで悔しい思いをしています。
高校サッカーでスポーツ紙に取り上げられた時、そこには半分以上が高校球児として活躍した父親の事と、「PLの旗手の息子」と書かれていたそうです。
旗手怜央選手はそう書かれないように「自分が父より上に行けば」と思っていたそうです。
「社会人野球の選手としても活躍した父親は、自分にとって簡単に超えることのできな存在だった。自分もサッカーでプロを目指そうと思えば思うほど、その背中は大きく感じられた。自然と自分は父親を尊敬し、憧れていた」
とインタビューで話しています。
少なからずプレッシャーや複雑な思いをしたこともあったことでしょう。
しかし今では様々なポジションで活躍し、父親の名前に負けないぐらい存在感のある選手に成長しています。
父親への尊敬の気持ち、サッカーに真面目に向き合って努力してきた旗手怜央選手の実力ですね。
旗手怜央の父親・旗手浩二の経歴
PL学園大学→法政大学→本田技研鈴鹿(社会人野球)→監督
PL学園での浩二さんは、なんと清原和博さんと桑田真澄さんの「㏍コンビ」らと共に甲子園で活躍しており、
ショートのレギュラーを務め、1984年の甲子園で春夏の連続準優勝に貢献しました。
「PL学園史上の最高のショート」と評されていたといいます。
高校卒業後は法政大学へ進学し、そこでも在学中に5度のリーグ優勝を経験。
その後本田技研鈴鹿へ入部し、10年連続で都市対抗野球大会に出場。
優秀選手の表彰を受けたことも。
1993年にはアジア野球選手権大会の日本代表にも選ばれています。
選手を引退したあとは、社会人野球(本田技研鈴鹿)の監督を務めていたそうです。
野球を詳しく知らない人が聞いてもわかるような有名な選手と肩を並べて戦っていたなんて、本当に名選手だったんですね!
旗手怜央はハーフ?
どうしてハーフなのか?という噂があるのか調べたところ、
・見た目が韓国人ぽい
・名前が日本人では珍しい
・若くして海外リーグに行った
このような理由からハーフでは?と考える人が多いのかもしれません。
上記の写真を意識して見ると、目元あたりが「韓国人?」と思う方もいるかもしれませんね。
怜央という名前もレオ(Leo)と海外でも良く使われています。
旗手怜央の母親はどんな人?
詳しい情報はありませんでしたが、旗手怜央選手がそう答えているインタビュー記事がありました。
きっとスポーツが好きな人なのでしょう。
旗手怜央選手の優れた運動神経は、お二人からの遺伝なのかもしれませんね。
そして旗手怜央選手は高校生の頃から寮で生活しており、親元を離れています。
母親としては心配する気持ちもあったのではないでしょうか。
しかも旗手怜央選手の父親は野球選手や監督もされていて、結婚してからも野球に関わっていたはずです。
食事やメンタル面などのケアもさゆりさんが引き受けていたかもしれませんよね。
このことからスポーツに理解があり、家族の支えとなってくれる素敵な母親ということがわかります。
旗手怜央には兄弟はいる?
母親と同様、詳しい情報はありませんでしたが、「姉はテニスをやっていました」と旗手怜央選手がインタビューで答えています。
お姉さんも運動神経がいいのかもしれませんね。
旗手怜央の父 まとめ
旗手怜央選手の父親は野球選手!
そして旗手怜央選手はハーフではありませんでした。
父親が有名な野球選手ということもあり、悔しい思いをしたこともあったでしょう。
しかし、旗手怜央選手にとって尊敬し憧れの父親ということが分かりました。
これからも父親の名前に負けないぐらい、たくさんの活躍を期待したいですね!
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